受け入れられなかったのは、誰よりも自分だった。

言えなかった私。

「変わろう」と思えるまでに、時間がかかりました。

きょうだい児として育った私は、障がいのある兄の存在がずっと心の中にありました。

前向きに受け止めたい、そう思う一方で、

”兄を恥ずかしいと思ってしまう自分”

“兄の存在を友達に言えなかった自分は冷たい人間なのかも”

と、自分を責めるような気持ちが消えないこともありました。

そんな私が変われたきっかけは、進学先で出会った人たちです。

大学では医療系の学問を学び、周囲には同じように障がいや支援について

学んでいる仲間がたくさんいました。

そんな中で、私は少しずつ兄の話ができるようになっていきました。

「実はね、私、きょうだい児なんだ」

「兄に障がいがあってね」

そんなふうに話すと、「そうなんだね」と自然に受け止めてくれる人がいて、

「大丈夫だよ」と言ってくれる人がいて、救われる思いでした。

そこから、兄の存在を語ることは、「特別」じゃなくて「普通のこと」になっていきました。

知識の面でも大きな変化がありました。

医療や福祉を学ぶうちに、「障がいとは何か」「本人と家族の気持ち」について

深く考えるようになりました。

それによって、兄の行動や表現に対しての理解が深まり、「無知であること」が

差別や偏見につながるという事実にも気づくことができました。

でも、正直なところ、まだ抵抗が残っている部分もあります。

たとえば、街で知的障がいのある方を見かけたとき、

戸惑いや緊張感を抱く自分がいるのも、確かです。

「自分は理解してるつもりで、実はまだまだなんじゃないか」

「小さい頃の体験が、今も無意識に心に残っているのかもしれない」

そんなふうに、自分を振り返ることがあります。

でも、それもきっと「心の防衛反応」なんだと思います。

辛かった記憶や混乱した感情を、どうにか受け止めてこられたのは

そうやって心を守っていたからかもしれません。

過去の私に、声をかけてあげたいです。

「無理にわかろうとしなくていいよ」

「それでも大丈夫だよ」って。

あの頃の私は、ずっと“良い人(きょうだい)”でいようとがんばっていた。

でも本当は、どうしたらいいかわからなくて、たくさん迷っていたし、悩んでいた。

そんな私を、今の私が少しでも理解して、許してあげたいと思っています。

たとえまだどこかに葛藤があっても、受け止めようとする気持ちがあることが

何よりも大切なんだと信じて。

管理人 Cocone

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